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今年もセミが勢いよく鳴いている。
クマゼミのうるさい鳴き声は真夏を感じさせ、アブラゼミの鳴き声で暑さが増す。朝晩にしか鳴かないヒグラシからは涼しさをもらい、ツクツクボウシが勢いを増してくると、夏の終わりを感じる。

と書いたが、今回はセミについて書く訳ではない。ここまでの文章で気付いてもらえただろうか。動物名をすべてカタカナで書いていることに。

薬剤師に限ったことではないが、理系、特に生物系の人間は、動植物をカタカナで表記する。
学会発表をはじめ、学術記事などで動植物の名称を扱うときは、必ずカタカナである。
生物の教科書や理科の第二分野の教科書を見てみよう。「ヒト」は漢字で書かれていないはずだ。
といっても、漢字表記が許せないわけではなく、カタカナ表記は学術的な文章、漢字もしくは平仮名表記は文芸的な文章、という区別を無意識に行っている。
薬剤師の世界でも、もちろんその法則が生きている。
写真を見ていただきたい。漢方薬の成分(処方)として各生薬名が書かれているが、カタカナなのだ。

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さて、なぜカタカナなのだろうか。

すべての動植物には学名がある。学名とは、生物につけられた世界共通の名称のことで「属名+種小名(細菌では属名+種形容語)」で構成されている。

(例)カッコ内が学名
シャクヤク(Paeonia lactiflora
アブラゼミ(Graptopsaltria nigrofuscata
ワサビ(Wasabia japonica

ちなみに学名はイタリックで表記する。ワサビの学名をみてみると、あきらかに日本語が語源になっている(ちなみに「ワサビア・ジャポニカ」と読む)。
学名にはこんなものもあるのだ。

カタカナの部分は「和名」という。日本国内で、和名は学名に準じて扱われている。
本来、学問的には学名を用いるべきだが、日常的にラテン語に慣れていない日本で、利便性のため用いている。

では、和名はなぜカタカナで表記するようになったのか。
話は戦前に遡る。当時、学術的文章は漢字カタカナ混じり文で書くのが慣例であった。
そこで、地の文のカタカナと生物名を視覚的に識別しやすくするため、和名をひらがなで表記していた。
ところが戦後、国語改革に伴い、学術的文章であっても漢字ひらがな混じり文で書くようになった。
そのため、旧来の表記法をひっくり返して地の文のひらがなと視覚的に識別しやすくするために、和名をカタカナ表記するようになったという(学名をイタリック表記するのも同じ理由であり、それに倣った表記法ともいえる)。


なるほど、カタカナであれば、そこが生物名なのだ、と、判別しやすく、また、書き手も「生物名を書いているんだよ」と、主張できる。


ためしに漢字やひらがなで表記してみよう。

・蜩の鳴く時間は明け方早く、もしくは夕暮れ時であり、熊蝉は午前中、油蝉は午後に鳴くことが多い。
・しょうりょうばったがおおかまきりに捕まって食べられてしまった。


学術的文章でなくても、少々読みづらい。
ちなみに、新聞などではどう扱っているのだろう。基準を調べてみると「常用漢字表とその音訓の範囲内で書けない動植物名はカタカナ書き」となっている。

具体的には、
〔例〕ウサギ、ラクダ、キュウリ、ニンジン


漢字書きでよいもの
(動物)犬、牛、馬、蚊、蚕、亀、鯨、猿、象、鶏、猫、羊、豚、蛇、蛍
(植物)麻、稲、芋、梅、漆、菊、桑、桜、芝、杉、竹、茶、菜、松、豆、麦、藻、桃、柳

(注)熟語、成語などは、動植物名でも平仮名書きでよい。
〔例〕いたちごっこ、うなぎ登り、とんぼ返り


このように、漢字にしてよいものを決めている。学術的でない文章ならば、こちらに準じたほうが読みやすいし、一般的だろう。

とはいえ、カタカナ書きに慣れてしまっているので、
「サクラの花びらの舞う頃、のんびりとひなたぼっこをしているネコをからかいながらも、今年のスギ花粉の予報を思い返して、うんざりしながら自転車を漕ぎだした」
なんていう文章を書いてしまったりするのだ。

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話は戻るが、実は漢方の専門書では、生薬名を漢字で書いているものもある。
この本は、日本のルールではなく、中国のルールに則って書かれているためだと思われるが、カタカナにしていないのは、そこには明らかに生薬が書かれている、と誰もが判断できるためだろう。

■参考文献
・ツムラ医療用漢方製剤添付文書
・中医処方解説(伊藤良・山本巖監修)
・日本経済新聞の用字用語集

(Written by 富野浩充)


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