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大阪府南部に位置する大阪狭山市のシンボルともいえる狭山池は、いざそのほとりに立つととても大きいのが実感できる。
しかも、7世紀の初めごろに誕生した日本最古のダム式貯め池として知られる。
 
そもそも7世紀の初めといえば、飛鳥時代にあたり、推古天皇や聖徳太子らが活躍していた時代にさかのぼる。
それから1400年間、狭山池はさまざまな歴史を刻んできた。さらに最近、世界遺産登録を目指して動き出したという。
 
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その狭山池の歴史をひも解いてみる。
狭山池の北にそびえるグレーの建物「大阪府立狭山池博物館」は、池のどこにいても目立つ。
2001年に開館。まず駐車場から博物館の入り口までがとても長い。しかも途中に“水庭”と呼ばれる轟音とともに流れ落ちる滝もある。
 
実は、この博物館を設計したのが、日本を代表する建築家・安藤忠雄さん。
博物館の中に入って歩くとよくわかるが、やはりごく一般的な建物デザインとは一線を画す。
「博物館に来たという非日常を感じてほしい」という安藤さんのこだわりが随所に見られる。
 
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その博物館に入ってすぐ、高さ15.4m、幅62mもの堤が現われる。
とにかく大きい。飛鳥時代から平成の大改修で館内に移設するまでに積み重なった歴史がよくわかる。
『古事記』『日本書紀』に記された狭山池築造が、1400年の時を超えてこの堤から裏付けられたという。
 
さらに館内には、奈良時代の行基、鎌倉時代の重源、江戸時代の片桐且元ら、良く知られる歴史人物がかかわった池の改修などが紹介されている。
ちなみに入場無料だ。
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一方、この狭山池にはかつて遊園地があった。1938年に開園した「さやま遊園」だ。
2000年に惜しまれながら閉園するまで、プールやスケートリンクなども併設されていたため、たくさんの家族連れらでにぎわっていたのはまだ記憶に新しい。
 
また、意外と知られていないのが、狭山池で“競艇”が行われていたこと。
1952年に大阪初の競艇として始まり、1957年に住之江競艇に移るまで実施されていたという。
当時、3,000人収容のスタンドに5,000人分の立見席、投票所、払戻所、格納庫、選手宿舎などを備えて大々的にオープンしたものの、大阪市内からやや不便なこと、さらに「池の水不足」が決定事項となって撤退したようだ。

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現在、狭山池は市民憩いの場として、池のまわりをウォーキングやジョギングなどをする人々がよく見かけられる。
さらに同市のマスコットキャラクター「さやりん」も誕生。狭山池にまつわるエピソードが満載のキャラで、先の「ゆるキャラ(R)まつり2010 in 彦根」にも2年連続で参加した。
 
そして将来、目指すは“世界遺産登録”といい、韓国で最古の貯水池である碧骨堤(ピョッコルチェ)とともに動きつつある。
日本の狭山池が世界の狭山池になる、そんな日がいずれ来るかもしれない。
 
画像提供:大阪狭山市
(Written by 飾磨亜紀 Aki Shikama)
狭山池博物館

大阪狭山市マスコットキャラクター


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