今まで書いていた「山と便器」に変わり、山岳映画について書いていきます。

アカデミー賞を始めとする様々な映画賞を受賞した「スラムドッグ$ミリオネア」などで有名なダニー・ボイル監督の作品です。

■映画のあらすじ
 主人公アーロン・ラルストンは週末の夜、いつもの様に夜通し車を走らせユタ州にあるキャニオンランズ国立公園へ向かう。
車の中の仮眠の後、土曜日朝、自転車を走らせて公園の奥にたどり着き、好きなように公園内を闊歩していた。途中、道に迷ったギャル2人を道案内した後、いつもの様に勝手知ったる公園内を縦横無尽に動きまわっていたが、渓谷の壁と壁に挟まれた細い場所に岩と一緒に落ちた時に、自分の右腕が壁と岩に挟まり身動きが取れなくなってしまう。
広大なアメリカの国立公園、人なんか寄り付かないような所で身動きが取れなくなってしまったアーロン。残る水もあと少し。絶対絶命のピンチ!そこでアーロンが取った行動とは!タイトルの127時間の意味とは!? 

■「初心忘れるべからず」
 都会の喧騒から逃れるようにアーロンはいつもの様に自然の中へ行くための準備をし始める。ロープ、カラビナ、ゲータレード、オレンジ、水道水。棚の中を探る手、奥にはビクトリノックスのナイフが。しかしアーロンは特に気にせずナイフはそのまま持っていかずに車に乗って出発する。
 準備をしている途中、妹から電話があるが電話に出ない。働いているアウトドア用品店の同僚にも行き先は伝えていない。
 夜中、車を走らせ目的地に到着。車の後部で仮眠を取り、翌朝自転車で出発する。

 これから大自然に向かうというのに映像はポップで軽い。たまに私も時計を忘れたり、地図を忘れたりする。なのに軽アイゼンなんかは持ってたり、お菓子なんかは1週間遭難しても大丈夫。ってくらい持っていたりする。それでも山を登り始めた頃と比べると、荷物は格段に軽くなっている。服と飲み物を余計に持たなくなったからだと思う。
 服は意外と重い。かさばるしできるだけ持って行かない。3日くらい同じパンツで過ごしたって死なないし、タオルとかも一枚あれば乾かして何度でも使える。飲み水は地図上に飲み水マークの場所を通るからここで汲めばいいだろうと高をくくって、秋口にそこを通った時に水が枯れていてかなり焦った時もあったけど、どうにかなるからいいや、とかなり舐めた感じになっている。
 山に登り始めてまだ6年くらししか経ってない自分でもこんなだもの、小さいころから慣れているアーロンは、まぁ、これくらいの荷物のが軽くていいしいいや、って思っちゃったんだろう。

 やっぱり重くても最低限の荷物は持って行かないと何かあった時にどうにもならなくなってしまうし、ちゃんと計画を立てて、両親にはどこに行くって言うことを伝えておいた方がいいんだな、としみじみと考えたのでした。これって山行くときの基本だ。初心忘れるべからずである。とりあえず時計と地図は持っていかなくちゃ。

■山に登っている自分はかっこいい
 遭難してしまったアーロンはビデオカメラで記録を付け始める。最初はこんな顔かっこ悪くてダメだ、なんて言っていた。遭難しているのに見た目を気にするなんて余裕よくあるな。
でもよくわかる。写真写り気になる。雨の中雨具のフードを被って、ドラえもんみたいになっている自分の額に、髪の毛がぺったーってなりながらゼーゼー言っている写真なんか撮られても絶対にFacebookにアップしたりなんかしない。なぜなら、山に登っている自分は都会で働いている自分より絶対的にかっこいいと思っているから!
 金曜日の夜、自宅近くのレンタカー屋で車を借りて、首都高から中央道に入り、夜中車を飛ばして長野県に向かう。賃貸マンションの部屋から大きいザックを背負って、右手には登山靴、左手には食料(主にお菓子)を持ち、車に乗り込み高速道路を飛ばす。もうこの時点でなんか今の自分かっこいい!と自惚れている。
 好きな事に邁進している自分、イケてるなぁ!途中のPAでも団体の登山客らしき人や、地図を広げてわいわい楽しそうにしている若者を見ていても、そっか、そっか、八ヶ岳に行くのか、私はこれから戸隠山に行くんだぜ、地味でかっこいいだろ!と勝手に思っている。

■現実に目を向けるくらい切羽詰まってくる
 冒頭から遭難して3日くらいはそんな自惚れ感たっぷりなのだけれど、時間がたつに連れてそんな事どうでもよくなる様な状況に陥って行くアーロン。
 飲み水がなかったらどうするか?自分からたまに排出される水分。これ、飲むしかないでしょ。プラティパスに溜めて飲むしかないでしょ。臭うよね、でも飲むしかないよね。飲むよね・・・。
 あぁ、幻覚も見えてきた。お父さん、お母さん、妹。あーあ、行き先、伝えておけばよかったな。車の荷台にゲータレードとオレンジ置いてきたんだ。荷物になるかもしれないけど持ってくれば良かった。反省しはじめるアーロン。
 何日かを経て現実的に今の状況から助かる事を考えた時、することは1つしかなく、とうとうアーロンはその禁じ手を実行する。しかし、ここでも準備段階であー!もう!ビクトリノックス持ってくれば良かったのに!とまたまた反省しきりの状況が続く。
 こんな状況になったことないのでなんとも言えないけど、30キロ近い荷物を背負って四日間山に入った時の三日目に、何でこんなに重い荷物背負って山道を登ったり降りたりしてんだろう。足も痛いし、目的の山小屋にも全然着きそうにないし、お菓子も食べ飽きたよ。うわぁ〜ん!!!と声を出して泣いた時は自分の中での限界だった。なんだか自分ちっさいな・・・。

■人間って生きている
 そんな感じでアーロンはどうにかこうにか生き延びるのだけど、この映画が教えてくれるのは、何事にも準備は大切。そして、生きる気力を失わなければ人はどんな状況でも生き延びられる。ということ。
 エンドクレジットにて実物のアーロン(この映画は実話です。)がクック船長ばりにピッケル化した腕でもって笑顔で雪山を登っている写真なんかを見ると、アーロン、生命力ハンパねぇな、と感動してしまう。
 そしてちょっと不謹慎かもしれないけど、遭難前にナンパした女の子達と水辺で遊んでいる様子を撮ったビデオカメラの映像を観ながら、遭難中に、左手しか使えないというのに、股間に手を持っていくというシーンを観て、あー、生きているってこういう事なんだろうなぁ、と人間力をひしひしと感じたのでした。