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太宰治大全

世の中で一番モテる男は誰なのか・・・
そんな疑問を持った僕は、「各世代でモテまくった男」をとにかく調べてみることにした。獣のように調べてみた。
すると・・・出るは出るは、たくさんのモテ男に行きつくことができたのです。
なので、今回はそんな僕が見つけ出した究極のモテ男を紹介します。

第一回目のゲストは「太宰治さん」。
自殺するたびに女性を道連れにした、希代のモテ作家のモテ秘密とは一体なんだったのだろうか・・・。


≪自殺するたび、女性を道連れ・・・「一緒に死んでもいい」と思わせるモテ作家≫
氏名:太宰治さん(職業:小説家)


◆プロフィール
1909年〜1948年 青森県生まれ。
大地主の息子として裕福な少年時代を過ごす。
東京帝国大学仏学科に入学し、井伏鱒二に師事。『逆行』で芥川賞候補となるが、バビナール中毒で入院。退院後、『富嶽百景』『斜陽』などで流行作家になる。39年の生涯で5回の自殺未遂を繰り返し、1948年に玉川で入水自殺。
他の代表作に『人間失格』『走れメロス』など。


◆一緒に死にたいと思わせるほどのモテぶり
数々の名作を残したことで知られる太宰は、4度の自殺未遂に加え女性にモテまくったことでも有名。
女にだらしなく、薬や酒に溺れ、自分を慕う女性の日記を書き写した小説まで出すようなダメ男だったが、女性にはとにかく女性たちが放っておかなかった。
それも、ただモテていただけではない。何人もの女性が、太宰とともに命を絶とうと思い入れてしまうほどすさまじくモテた。
太宰は生きる葛藤を描いた苦悩する作家というイメージが強く、暗く死のかおりを漂わせている。そんな彼に女性は惹かれていったのだろうか。
 

◆太宰治のモテ遍歴
1930年:カフェの女給で人妻である田部シメ子と出会い、鎌倉・腰越の海に投身する。
だがシメ子だけ死亡し、太宰は生き残る。
1937年:内縁の妻・小山初代とカルモチン自殺未遂
1938年:石原美知子と結婚。
1947年:太田静子 太宰の子を受胎する
1948年:三鷹駅前の屋台で知り合い、その後付き添っていた山崎富栄と共に玉川上水へ身を投じる。


◆小学生の頃からマセガキだった
太宰は小学生の頃、着物の下に純白のフランネルシャツを着ていたのだが、
そのシャツが着物の袖口から一寸ばかり覗き出たシャツの白さが目に染み、
いかにも自身が天使のように純潔に思われ、うっとり心酔していたのだという。
太宰は幼い時から顔立ちや服装に強い関心を示し、つねに意表に出て人をあっと言わせようという、無邪気にして周到な野心を抱いていた。


◆オシャレしすぎて失敗
太宰は奇妙な服装に凝っていた。遠足の際にもお洒落へのこだわりが発揮され、先生からできるだけ身軽にしてくるように言われたにも関わらず、鍔の広い麦わら帽に、兄が登山のとき使った神社焼印がいくつも押してある杖、不要の袴を身につけ、長い靴下に編上の靴を履き、ナヨナヨと媚を含んで出かけた。
そのくせ一里も歩かないうちにへばってしまい、まず袴と靴を脱がされ、片方は赤い緒、もう片方は藁の緒という片ちんばの擦り切れたみじめな草履をあてがわれ、やがて帽子も取り上げられ、杖もお預け、とうとう病人用として学校から持っていった荷車に乗せられた。家に帰ったときには出て行くときの輝かしさの片影もなく、靴を片手にぶら下げ、杖にすがり何とも無残な姿だった。
 

◆一緒に心中しようとした女性を蹴飛ばし自分だけ助かる
太宰は生涯を通じて5回も自殺を試み、うち3回が心中だった。
大学生で始めての心中を体験。当時、太宰は後に妻となる初代と親交を深めていたが、たった3回しか会ったことがない、銀座のカフェで働くウェイトレスの田部シメ子に心中を持ちかけた。あまりにも唐突だが、貧しい境遇に嫌気が指していたシメ子は快諾。夜の鎌倉の海で心中を決行した。
しかし、2人で海に飛び込むと、女があまりの苦しさのあまり太宰にしがみつき、水を飲んで苦しかった太宰はその女を水中で蹴飛ばした。
結局、シメ子は死んでしまい、太宰は助かる。
蹴飛ばした太宰の言い分は「その女が最後に呼んだ名は僕の名じゃなかったのだ」だった。


太宰治は現代でもモテるのか・・・??


◆辛酸なめ子が語る、太宰がモテる理由
ー命燭離皀妊詢ち、色々なポージングから不健康なイメージ・目線はずし・
自己演出が巧み
筆跡を書き分ける=意外に器用である。他人の目を常に意識。
一撃必殺の殺し文句や甘えた文章で母性本能を掴む。
モテて困ると言いながらも女性に対しての厳しい視線も持っていた。
恋愛とは性欲衝動に基づくものである・片恋こそ最高の恋愛。
据え膳は食わない姿勢。彼の死はサービス精神の表れであった。
   (2009.10.14 NHK「知る楽 こだわり人物伝」)


◆現代でもモテる? 「太宰が好き」 ⇒ 10代女性54%
2009年、太宰治生誕100年にあわせ、ネットエイジアが「太宰治」についてのアンケートを行ったところ、10代女性の半数以上が好意的に思っていることが分かった。回答者全体では33.6%の人が太宰を好意的に見ているのに対して、 10代女性は53.8%を占めた。さらに、10代男性も44.8%が好きと
回答している ことから、若年層ファンが多くいることが判明した。 

いかがでしたか。
本当に太宰さんは罪作りな男だったんですね・・・。皆さんも見習ってみてはいかがでしょうか??
≪出典≫
「トンデモ偉人伝 作家編」山口智司(彩図社)
「太宰治とその生涯」三枝康高(現代社)
ネットエイジアリサーチ
「太宰治」に関する調査(太宰治生誕100周年記念調査)
 
(written by くしBK)