「プロ棋士のおもしろカワイイエピソード」を取り上げるこのコーナー。
棋士たちはお固く見えて、実は個性豊か。
最近はバラエティ番組にも登場の機会が増えてきた彼らの盤外での活躍を紹介します。
▼滅多に感情を見せない森内名人の、「あ、負けました」
いわゆる「羽生世代」、羽生善治名人と同世代の棋士には実力者が多く、誰がライバル…というのは明確にはありません。しかし、羽生名人とタイトルを最も奪い合っているのは、この人、森内俊之名人ではないでしょうか。小学生の頃から幾度と無く羽生名人と対戦し、今日に到るまで、互いに切磋琢磨し続けてきた棋士です。筆者の最も好きな棋士でもあります。
そして今回は、筆者が森内名人に完全にノックアウトされた時の動画を紹介します。
森内名人の代名詞、「あ、負けました」。
これは第58回NHK杯将棋トーナメント、決勝においての一言。
森内名人がはっきりと「あ、負けました」と言ったのはこの一回だけにも関わらず、このセリフは彼の代名詞として、ファンたちの間では知られています。
対局終盤、羽生名人を追い詰めていた森内名人。
しかし、詰みがある(勝ちが確定している)状態になったにも関わらず、羽生名人の常識外の一手を見て踏み込めず、羽生名人が逆転勝ちをした一戦です。
普段は温厚、冷静沈着な森内名人が、自分のミスに気がついた瞬間には顔を歪め、今にも泣き出しそうなほど感情を露わに。しかしそこは誇り高きプロ棋士。お茶を一口飲んで平常心を取り戻し、はっきりと「あ、負けました」と投了するのです。
どうですかこの男気。どうですかこの重みのある一言。
往年のライバルであり、天才である羽生名人との、歴史あるタイトル争奪戦。
自滅してしまった森内名人の心中は察して余りあるほどです。
自分のミスへの怒りから、一瞬我を忘れかけた森内名人が、その傾いだ心をもう一度立て直し、しっかりと負けを認める。なんとも人間らしく、なんとも潔い1シーンだと思いませんか。
将棋はいわゆる、ただのボードゲームに過ぎません。
しかし、棋士という存在が、真摯に将棋に向き合うことによって、幾重にも折り重なった想いやドラマを、ファンに垣間見せてくれるのです。