紅白歌合戦

いよいよ明後日と、放送が迫ってきた「NHK紅白歌合戦」。本日もさまざまな雑学を紹介していきます!


■放送前日には神棚でお祓いをする!
本番前日の30日には宮司さんに来ていただき、ホールの神棚で、安全と番組の成功を願ってお祓いしていただく。


■番組制作が始まるのはその年の6月頃から!
まず例年6月にプロデューサーが決まる。今年は震災の影響で、そもそも長時間の生放送が可能なのかという議論もあり、例年よりも早く準備が始まった。私が全体を統括する制作統括に任命されたのが5月の終わり。さらに制作デスス、演出を取り仕切るディレクターが決まり、この三人がコアになって制作を進めていくことになる。

【出典】文藝春秋(2012.03)


■五木ひろしの代わりに森進一がリハーサルに登場!
1984年に行われた第35回紅白歌合戦。本番当日のリハーサル中でのこと。
今日で歌い納めの都はるみは「年忘れにっぽんの歌」で歌舞伎座、「レコ大」の帝国劇場、そしてNHKホールと掛け持ち。
五木ひろしもそうで、「レコ大」受賞曲となる「長良川艶歌」のリハ時間になったが、「年忘れ〜」でちょうど歌唱中。
こういう場合、普通はレコード会社やプロダクションのスタッフが代役をつとめるが、イントロが流れると舞台そでから登場したのは、なんと森進一。ライバルの歌を絶品に歌いあげた。
そうでもしなければ勝ち目がないほどまでの、はるみフィーバーだった。


■中森明菜の「少女A」は、NHKの放送に適さないとされていた!
第33回紅白歌合戦、中森明菜はこの年デビューしたばかり。売り出し中の歌「少女A」はそのタイトルがNHKの放送に適さないと見られていた。

【出典】書籍:「紅白歌合戦の舞台裏」


■1984年(第35回)の紅白歌合戦には、都はるみに2曲歌わせる案があった!
1983〜85年、3回にわたって紅白歌合戦の白組司会を担当した、NHKの元アナウンサー鈴木健二。
自身の著書で「12月も中旬にさしかかろうとする頃でした。廊下ですれ違った紅白担当の2、3人のディレクターに呼び止められ、囁かれました。『今、はるみさんには、紅白の真ん中で一曲と、終わりに一曲の二曲歌わせる案が出てるんですよ。』。結局数日後、はるみさんは最後に一曲とし、アンコールの楽譜は用意しますが、その時の雰囲気と時間の都合で・・・と知らされました。」

【出典】書籍:「私に1分間時間を下さい!−NHK紅白歌合戦での真実−」


■主婦の一声で決まった、サザンオールスターズ出場!
第30回(1979年)に「いとしのエリー」で初出場を射止めたサザンオールスターズ。だが、三波春夫の真似をして歌って物議を醸し、目立ったヒットもなかったりで実は落選が噂されていた。しかし、第34回(1983年)には出場。これは「御意見を伺う会」で「サザンが見たい」という主婦の一声によるものだった。


■NHK社員にデートを目撃され、落選した歌手がいる!
第20回(1969年)への出場が確実視されていた園まりだったが、まさかの落選。その理由は出場歌手発表前に銀座デートをしているところをNHK職員にみられたため。熱愛スキャンダルが落選理由とは…。今では考えられない話しである。

【出典】サーカスマックス(2006.12.20)


■中島みゆきの出演交渉のため「母親説得」も試みた!
2002年のスペシャルゲスト中島みゆきは、実にデビューしてから27年目にしての初出場。極寒の黒部ダムからの生中継で「地上の星」を熱唱した。
「NHKの人気番組―プロジェクトX―挑戦者たち」の主題歌「地上の星」は、中島さんの書下ろし曲。それが縁となり、NHK念願の紅白出演となったのですが、実はそれまで毎日のようにオファーしていたんです。でも首を縦に振ることは無かった。正面からの交渉に限界を感じたのか、ある年なんて、中島さんの母親にアポ取りして口説こうとしたこともあったそうです」(レコード会社関係者)

【出典】ENTIME(2013.01)


3日連続で紹介させていただいた「NHK紅白歌合戦」の雑学。明日は、白組のトリを務める近藤真彦の雑学を紹介します!お楽しみに!