東京都八王子市にスゴ腕の職人さんがいる。
日本でも指折りの技術力を持ち、今でもほぼ毎日、現場(工場)で精密機器部品の製造を行っている、その伝説のその職人(レジェンド職人)さんの名前は小林一郎さん。
その技術力の高さはもちろんなのであるが、それ以上に驚かされるのは、小林さんのご年齢。大正14年1月1日生まれ・・・なんと今年で91歳なのである。

そんなレジェンド職人のスゴさをその目で確かめるべく、早速、八王子市へと向かった。
 

JR八王子駅から徒歩15分程の閑静な住宅街の中に小林機器製作所はある。
もともとは周囲も工場だらけだったそうだが、今では残された工場は小林機器製作所を含め、数軒のみだという。
工場の前でレジェンド職人の小林一郎さんとご対面。
 

とても91歳とは思えないほどお若い小林さん。
かつては趣味でライフル射撃をやっており、アジア大会に出場したこともあったそう。また、地域のための活動にも精力的で、八王子市の交通安全協会でも活躍した(現在は相談役として活動中)。
そんなパワフルな小林さんとしばしの談笑後、早速、工場の中を案内してもらった。
 

工場内には賞状がズラリ・・・
2015年6月に読売新聞の取材も受けたことがあるそうで、その記事の切り抜きも大事そうに飾られている。


この小林さんの活躍は、仲間の職人さん達にも勇気を与えたようで、引退を考えていた70代の掛け軸の製造を行う職人仲間から「自分もまだまだ現役で頑張ることにしました!」と、記事入りの掛け軸をプレゼントされたのだという。また小林さんは、取材されたことがとても嬉しかったそうで、テレビの取材も大歓迎・・・と目を輝かせていた。
 

工場内には多数の機械が鎮座しているがかなりの年代物・・・。聞けば、70年ほど前のものがほとんどだという。
 


機械を前にすると小林さんの表情は職人さんの顔に一変。細かい作業を真剣な表情で黙々とこなしていく。
 

13歳で時計会社の工場に就職し、時計の部品加工に携わっていた小林さん。技術力の高さはその当時からだったようで、戦争が始まった時も徴兵されることを会社側が必死に止めていたという。戦争が長期化し、同僚などが次々と徴兵されていく中で、小林さんも遂に入隊することが決まる。しかし、その直前に終戦を迎えたため、戦地に行くことはなかった。
 


戦後、工場に戻り、再びその技術力を生かして活躍。1957年に独立し、最盛期には10人ほどの従業員を抱えていた。今は一人で黙々と作業をこなしているが、マイクなどの音響部品、自動車関連や補聴器などの精密部品など、その仕事の幅はとても広い。仕事の本数や製造する数量は減ったが、かつては1個5銭だったものが今では3000円オーバー・・・なんてこともあるそう。
 

単価は上がっても、確かな技術力を求め、今でも小林さんのもとにお客さんは絶えずやってくるのだ。
 

また、アイデアが豊富なことも、小林さんのスゴいところ。ひとつの作業で3つの工程を同時にこなすことができるよう、常に効率を考え、機械をカスタマイズしてしまうのだ。そんなアイデアマンだったからこそ独立後も仕事が絶えることはなかったのであろう。
 

小林さんはとにかく仕事が大好き。
仕事が立て込んでいる時は月曜日から金曜日まで毎日、8時間以上、作業をこなすこともある。ご飯を食べることも忘れ、仕事に没頭することも日常茶飯事なのだそうだ。
 

小林さんが今日まで職人として仕事が続けられているのは、父親からかけられたある言葉があったからだという。その言葉とは・・・「確かな技術力を身につければ、一生食うに困ることはない!」というもの。
高い技術力のおかげで戦争に行くこともなかったし、独立後も仕事が絶えなかった・・・、そして91歳になった現在でも大好きな仕事が続けられている・・・。
まさに、小林さんの生き様をそのまま示している言葉である。

最後に小林さんに今後の目標を聞いてみた。
その答えは・・・「100歳まで現役!」という、レジェンド職人、小林さんらしいものだった。
そんな日本を代表するレジェンド職人、小林一郎さんの活躍を、我々nicheee!編集部一同で見守っていく!