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巷に溢れる疑問をあっさり解決してしまう、敏腕リサーチャーがいる。
そんな彼は職業柄、様々なことを穴が開くほど調べてしまう癖がある・・・。それはタレントのプロフィールに関しても同様だ。
前回は空前絶後の大ブレイク芸人「サンシャイン池崎」の年表をご紹介した。

今回は、サンシャイン池崎が、いかにして今の地位を掴んだのか。
芸人になることを決意したきっかけなどを自身のインタビューなどから抜粋したものをご紹介したいと思う。

敏腕リサーチャーの汗と涙の結晶を是非ご堪能あれ。


サンシャイン池崎(本名: 池崎慧/いけざき さとる)

憧れの芸人になれる方法を教えてくれたのは、大学4年の時に付き合っていた彼女
子どものころから芸人に憧れてはいたんですが、鹿児島ではどうしていいのかわからないし、そのまま高校、大学へと進んだんです。大学4年のときに付き合っていた彼女が芸人養成スクールの募集が雑誌に載っているのを教えてくれて。オーディションには受からなかったんですが、とても悔しくて、就活するのをやめて、本気でこの道を目指すことにしました。上京して友人の家に転がり込んだのですが、アルバイトをしながら10年くらいは下積み生活でした。

【出典】週刊女性 2017.04.04


同期や後輩に先にブレイクされても、自信があったのはまわりが褒めてくれたから
大物女優が吉本入りし、“再出発”する。2005年に同級生とワタナベコメディスクールに入学。しかし卒業後、約1年でコンビ解散し、ピン芸人として活動してきた。お笑いを目指したきっかけはナインティナインととんねるずで、「特にあこがれていたのは岡村(隆史)さん」と話す。

コンビ時代からテンションの高いコントを得意としていたが、2,3年前までは中途半端な状態だったと振り返る。「勢いだけでやっているように見えて、実は“センスがある奴”と思われたい邪心がまだあった。でも一昨年あたりから完全に吹っ切れて、それからより大声で叫ぶようになり、今に至ります」

ハライチやフォーリンラブといった事務所の同期や、後輩芸人が次々にブレイクしていった。「悔しかったけど、意外と自信はある方でした(笑)。周りからいつもわりと褒めてもらえていたので、なんとかモチベーションを保てたのかも」

【出典】日経エンタテインメント 2015.10


幼稚園の時に工場が全焼!貧乏すぎて屋根から猫が降ってきた・・・
−−(芸人になると言った時)家族の反応は
「反対しなかったですよ。仕事にも干渉されず、R-1の決勝に進んだとき(2016年)に初めて両親から仕事のことを言われたくらいです。実は僕の家は昔、貧乏だったんです」

−−どんな生活を
「自営業でタバコの葉を育てていたんですけど、父親がヘビースモーカーでタバコを捨てたら工場が全焼してしまって。その後、工場を建て直したんですけど、また同じ原因で燃えました。僕が幼稚園くらいの出来事です」

−−壮絶な体験ですね
「でも、ひもじい思いをしたことはないです。屋根から、なぜか猫が降ってきたことはありましたけど。雨漏りならぬ、猫漏り。大学の学費は奨学金をもらって、途中からはバイト代と合わせて全部自分で払いました。苦学生というやつですね」

−−その体験は仕事にいかされていますか
「コンビを解散したときはつらかったですが、芸人をやめようと思ったことは一度もない。テレビに出られない時期もありましたけどね。タフさは培われたのではないかと思います」

【出典】sanspo.com 2016年5月22日


サンシャイン池崎に本当に穴が開かないか・・・。ちょっぴり心配である。
次回は誰に穴を開けることになったしまうのか・・・
乞うご期待だ。


(Written by ちゃかし)