みなさん、どうも!
誰もが当たり前に、目にしたり使ったりしている色々な「モノ」の歴史について調べてみたので気になる方は是非ともチェックしてもらいたい。

今回も「エレベーター」のお話しです。

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前回は「エレベーター」の歴史でしたが(【意外なモノの歴史】アルキメデスが考案した高層ビルには絶対欠かせないアレ!)、今回は「日本」でのエレベーターの歴史についてです。


そんな日本のエレベーターの歴史について調べてみると…
1842年(天保13年)に水戸藩主徳川斎昭によって水戸偕楽園の休憩所「好文亭」に設置された、食事などを運ぶ小さな運搬機が日本初のエレベーターとされています。

すでにヨーロッパでは蒸気機関の利用が始まっていましたが、日本初のエレベーターは手動でした。しかし構造は「つるべ式」で、欧米では1903年になって登場した「カウンターウエイト方式」に先行していたと言えなくもありません。

日本初の電動式エレベーターは1890年(明治23年)11月10日に完成した12階建ての展望台「凌雲閣(りょううんかく)」に設置されました。しかしエレベーターの知識に乏しかった当時の監督官庁に「危険」と判断され、一般の利用はほどなく終了してしまうのです。また残念なことに、歴史的建造物でもある凌雲閣はその後、1923年の関東大震災で大きな被害を受け解体されてしまいました。
11月10日を「エレベーターの日」と制定された由来は、この凌雲閣(りょううんかく)にあります。

東京オリンピックが開催された1964年(昭和39年)。その年を前後して日本全体がエポックメイキングのるつぼと化していた時代、エレベーター産業も例外ではありませんでした。建築基準法やJISの制定により、またエレクトロニクス技術の導入により、製品の規格化に伴う均質化と安全性能の大幅な向上が実現したのです。

このころから、新形エスカレーターや乗用エレベーター、物流倉庫などの荷物用エレベーター、病院向け寝台用エレベーターなど、設置台数は急速に拡大、またマンションの建設も加速するなど、すべての建物へのエレベーターの標準化が進みました。

70年代に入ると、すでに日常生活の中に浸透していたエレベーターは、ハード面はもちろんソフト面での安全対策や火災、地震時の管制コントロール、予防・メンテナンス体制が強化されるようになってきました。そして1978年(昭和53年)、世界最高速を誇る分速600mの乗用エレベーターが池袋サンシャイン60に完成。そのスピードは「ギネスブック」にも掲載されたほどです。

そして今日に至るまでの数多くの技術革新の積み重ねによって、より安全で、より快適で、より高速で、さらに環境に配慮したエレベーターが次々と生み出されてきました。

1993年に建てられた「横浜ランドマークタワー」のエレベーターは、当時世界最速(分速750m)で運行していました。しかし、2004年に完成した、台湾・台北市の「TAIPEI 101」は分速1010mで運行し、世界最速となりました。

※TAIPEI 101に設置された世界最速エレベーターは日本の技術で生産されています。

出典:一般社団法人日本エレベーター協会


なんと!手動式は日本が先行!
さらに、スピードもギネスブック認定!!
日本の技術ってやはり最先端なんですね。

意外な「モノ」の歴史って知ると面白いですね。


(Written by 元部長from Occ)