01TOP豆腐

私の名前は雑学言宇蔵。

雑学を言うために生まれてきた男…。

雑学言宇蔵は先日、ランチを食べようと六本木をプラプラしていると、ニューオープンの豆腐専門店を発見しまして、さっそく入店し、お店オススメの揚げ出し豆腐の定食を頂いてみると…オーマイとっても美味しくて!

行列のできる人気店になって私が行き難くなるのは嫌なので店名は絶対に教えませんが(TOP画像がその時食べた、外はカリカリ中はフワフワなメインおかずの揚げ出し豆腐です。これをヒントに探してみてください。)、これを食べながらふと、豆腐雑学を言いたくなったので、この場をお借りして豆腐雑学を皆さまにお伝えしたいと思います。
豆腐雑学早く言いたい!


知識は荷物になりません。
貴方を守る懐刀として覚えておくと、この先の人生、どこかで何かいい事があるかもしれませんよ!

江戸時代、豆腐は超高級品で贅沢品!

製造禁止令も出ていた!
豆腐は江戸時代の中ごろに日本人の生活に根づいた食べ物ですが、江戸初期のころにはまだ特別の日の食べ物でした。
特に農民にとっては非常にぜいたく品で、今のようにいつでも気軽に食べられるものでは無かったそう。

徳川家康と、その子の秀忠の時代には、村々ではうどんやそばとともに、豆腐の製造を自由に行ってはならず、農民がそれらを食べることも許されない禁令が出されていたほどだったそうです。
三代将軍・家光のときに出された「慶安御触書」(江戸幕府が百姓の生活を統制するために出したと伝えられる法令)には豆腐はぜいたく品として、農民にその製造することをハッキリと禁じている内容があるといい、 そのくせ家光の朝食には、豆腐の淡汁、さわさわ豆腐、いり豆腐、昼の膳にも擬似豆腐(豆腐をいったんくずして加工したもの)など、豆腐づくしの料理出されていた…という情報もあるそうです。

では農村ではいつ豆腐を食べていたかというと、祭りやお盆、お正月、あるいは冠婚葬祭などの特別の日にだけ豆腐料理が出されていたそう。
こうした日を「ハレの日」というそうです。
「晴れ着」や「晴れ舞台」というときの「晴れ」と同じ意味。
今日の赤飯のように、改まった日に食する食べ物が豆腐だったそうなんです。

【参考】
「日本豆腐協会」


如何でしたでしょうか。とっておきの豆腐雑学。

お味噌汁や冷ややっこ、お鍋の具材になどなど、現代日本人の食生活には欠かせない豆腐が自由に気軽に食べられない時代があったなんて…
今の時代に生まれてよかった〜っ!と思える、そして、これまでよりも豆腐が美味しくありがたく感じられるようになる情報だったのではないかと思います。

この情報がいつか何かの時にNicheee!読者の皆様のお役に立つ事があれば…雑学言宇蔵はとっても嬉しいです!

それではまたの機会に…SEE YA!
そして…アリ―ヴェデルチ!!!