ダイドー

「任天堂が元々は花札を製造していた」など有名企業がはじめは今の看板商品と別のものを作っていたり、別のことを行っていたりすることは実は多い。
今日は有名企業のそんな意外な歴史を紹介していきたい。

コーヒーなどで有名なダイドーは元々・・・

缶コーヒーなど有名な「ダイドー」の歴史は、創業者である眈症效砲気鵑戦後すぐに始めた「医薬品配置販売(置き薬)」が始まり。その後、医薬品の販売に加え、自社工場による医薬品の製造も行うようになった。
現在の主力である缶コーヒーはというと、高度経済成長期の頃に誕生。
当時は、眠気覚ましのドリンク剤の販売数が上昇しており、同じく眠気覚まし効果のあるコーヒーも売れるのではという考えから生まれたのだという。

ダイドー

青汁でおなじみの「キューサイ」は元々・・・

青汁でお馴染みのキューサイだが、創業当時から青汁を作っていたわけではない。キューサイは、創業者の長谷川常雄さんが1965年に長老製菓を創業したのが始まり。名前からわかるように、菓子の製造販売を行っていた。
1978年、長谷川さんを病が襲う。その後遺症で悩まされていた時に長谷川氏は「青汁健康法」を知り、実践したところ快方に向かった。
その体験から、82年に栄養価を豊富に含む無農薬ケールを使用した青汁の販売を開始。主幹事業に成長することとなった。

キューサイ
https://corporate.kyusai.co.jp/company/history.php

せんべいでおなじみの「亀田製菓」は元々・・・

今ではせんべいのイメージ「亀田製菓」だが、創業者・古泉栄治さんが亀田製菓の前身である亀田郷農民組合委託加工所を創業した際は、水飴の委託加工を行っていた。
古泉さんは新潟が米処なので米を使った水飴を作ろうとしたが失敗。仕方ないので仕入れた米でせんべいを作ったら大ヒットしたという。

亀田製菓

鍋料理の名脇役「マロニー株式会社」は元々・・・

鍋のお供としてあると嬉しいマロニーを製造する「マロニー株式会社」。
前身である「吉村商店」が初めて手掛けたのはなんと「もやし」だった。
創業者の吉村義宗さんは、野菜の仲介などの仕事を経て、1930年に九州から大阪へ移り住み、「モヤシ製造業」で独立。マロニー株式会社の前身である「吉村商店」を設立した。
苦労を重ねながらも、機械化によるモヤシの新製法を確立。生産高は飛躍的に伸び、もやし業界から注目の的だった。
順調に思えたがもやしの市場には限界が来ると思っていた吉村さんは「溶けない春雨」の開発を開始。
2年の開発期間を経て1963年に「マロニー」が完成。1964年には販売開始となったが、今では人気のマロニーもはじめはあまり売れなかったという。

マロニー株式会社


人に歴史ありとよく言うが企業にも様々な歴史があるのだ。