手塩にかけた我が稲が、日本酒となってお客様の手に!
喜びを隠せない農家人の菊池勝義さん
喜びを隠せない農家人の菊池勝義さん
愛媛県は東温市(とうおんし)。松山市から車で30分の都市近郊の田園都市と言われるのどかな地に、菊池勝義という自然農法を何十年も手がける農家人がいる。御歳85歳。実業家でもある菊池さんは、自然農場の棚田で大地の微生物と交わって生きてきたせいか、「ここ何十年も風邪ひとつひいたことがない。自然の力はすごいんです!」と力強く語る。
「最初の4〜5年は全く稲が育たなかった。試行錯誤の末、7〜8年目から土が強くなったのか、ようやく稲が育つようになってきた。土づくりに10年以上かかったが、ウンカ(稲の害虫)が辺り一体に大発生しても、不思議とうちの田んぼだけ、30分くらいでいなくなる。すぐに去っていく」と菊池さん。田んぼにはヤモリやタニシ、時にはホタルなどもいるのだそう。そんな話をする菊池さんの頬は紅色で、目がキラキラと輝いて楽しさがにじみ出ている。
「菊樹」を醸した首藤酒造の5代目蔵元、首藤壮一郎さん
無肥料・無農薬で育てられた菊池勝義さんの力強いコシヒカリは、「酒米でないはずなのに、意外と酒米と同じように醸しても美味しく出来上がるので不思議です。生命力が強いからかな…」と話すのは、地元の酒蔵・首藤酒造の5代目蔵元、首藤壮一郎(すとうそういちろう)さん。地元の石鎚山のやわらかな天然水(軟水)や愛媛の酵母(EK-1)なども使って、「菊樹」という大吟醸を醸した。原材料も作り手も、醸造環境の風土も、全て“愛媛仕込み”の地元のテロワールの結実だ。
首藤さんは当初、あまりにも壮大なロマンを抱えたこの酒造りの話に、圧倒されながらもその責任の大きさにおののき、「一度、考えさせてください」と申し出たこともあったと打ち明ける。「食用のコシヒカリを45%まで精米したらほぼ半分の大きさ。酒米でないから割れてしまうかも。菊池さんが渾身を込めた貴重なコシヒカリなのに…」と彼は戸惑ったのだ。
首藤酒造の代表的銘柄「寿喜心(すきごころ)」という日本酒は、兄弟3人で単一品種を丁寧に仕込んでいるのが特徴。杜氏はいなく、複数の樽を同時並行で効率よく醸すことをあえてしない。そんな自社の特徴や強みなどを改めて熟考し、さまざまな葛藤を経て、最終的に長男の首藤壮一郎さんは「ぜひ、私どもに酒を作らせてください!」とお願いしに行ったのだと説明する。
2021年7月に販売開始する「菊樹 純米大吟醸」税込33,000円
先日、都内で開催された「菊樹」のお披露目会では、「菊樹 純米大吟醸」の冷酒・常温・熱燗と3つの温度帯でテイスティングができた。今年発売になるのは精米45%のもので価格は税込33,000円。来年は精米40%にも挑戦するのだそう。
当日、司会を担当された「日本ものがたり」主宰で、国際利酒師でもある飯村明良さんに価格について尋ねると、こう返ってきた。「33,000円の価値は、まず1つに“土づくり10年以上”という菊池さんの農法が挙げられるかと思います。次に首藤酒造による“愛媛の地元テロワール”にこだわった製造。大量生産はされていないので、都内でも限られた酒販店や飲食店だけに流通することになるかと思います」。
手前が「アワビの山葵漬け」、左奥が「甘海老と数の子の酒麹和え」
さっそく冷酒から味わってみたが、最初の一口目からとろりとまろやか、これは女酒!そして愛媛酵母のもたらす穏やかな香り。大吟醸とはいえ、けっして派手ではなく、しっとり上品さが漂っている。提供された「蕪とカリフラワーの摺り流し」のなめらかなテクスチャーや野菜の旨味にとてもよく合い、出だしから非常に美味しい。
次は同じお酒を常温で。温度違いでまた表情が変わるのが日本酒の真骨頂。冷酒よりコシヒカリの旨味が豊かに広がり、「アワビの山葵漬け」と好相性。旨味が幾度も炸裂して、どんどんお酒がすすむ。最後は熱燗。「甘海老と数の子の酒麹和え」は甘海老のねっとりした甘さが非常に美味だが、それだけでは終わらない。数の子の旨味がいつまでも口に残り、それを酒麹の風味が包みこみ、これまたお酒が進んでしまう。
これらの料理は、ミシュランガイド東京で13年連続1つ星を獲得している日本料理店「割烹すずき」(東京・学芸大学)の店主 鈴木好次さんが、当日、特別に出張調理してくれたもの。鈴木さんいわく「私も日本酒が大好きなのですが、数の子は口に残って、後から少しずつプチプチと美味しさが口の中で小さく爆発して、その度にお酒が進むのです。お酒がついつい進んでしまうんですよね」。この説明に、酒好きファンたちが大きくうなずき、皆、笑顔になるのだった。
右が「割烹すずき」の鈴木好次さん、左が自然農場の菊池勝義さん
3つの温度帯で、3パターンの酒の美味しさを堪能することとなったお披露目会。日本酒の幅の広さ、懐の深さを改めて実感するとともに、力強い米の生命力に感服する貴重な会だった。ソムリエや利き酒師から、美味しさの専門的な話を聞くのも大好きだが、土づくりや酒づくりをされているご本人たちからの飾らない話ほど、その真実が垣間見れるものはない。
首藤酒造の首藤壮一郎さんに、「愛媛のテロワールということで、地元の料理に合わせるなら?」と質問してみたら、「瀬戸内海で獲れたキスの天ぷらかな。天然塩をかけてね!最高ですよ!」と返ってきた。東温市の土のパワーがみなぎる日本酒と、愛媛の郷土料理のペアリング。コロナ後に行きたい旅先(愛媛)がまた一つ増えた。
菊樹公式ホームぺージ
https://kikuju-sake.jp/
≪筆者プロフィール≫
▪滝口智子
国際きき酒師&サケエキスパート
飲食ライター歴20年の食いしん坊バンザイ!記者&PRプランナー。
日本酒やワインなどもこよなく愛す。
テレビ番組などにも出演中。