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群馬県の「土田酒造」の6代目蔵元、土田祐士社長

「蔵付き酵母」という言葉をご存じだろうか。お酒を製造する過程で米や水などの原材料の他に、必ず必要になるのが酵母。酵母の力により、米などが発酵されてでんぷん質は糖分に分解され、アルコールへと変化していくわけだが、近代において多くの蔵では酵母を人の手で加えている。

より安定した酒質にするため、失敗してせっかく育てた酒米を無駄にしないため、“酵母添加”の手法が現代では一般的だが、明治時代の中期以前は、そうではなかったという。蔵に自然に住み着いている酵母、いわゆる“蔵付き酵母”が自然と酒造りの場に舞い降りて、発酵を促し、神秘的な酒造りが繰り返されてきたのだ。

そんな酵母無添加の昔ながらの製法を現在も行なって人気なのが、群馬県川場村にある土田酒造だ。明治中期から酒造りをしている同蔵は、現在は全量全てを江戸時代から伝わる生酛(きもと)製法で醸している。 そして酵母無添加は、全体の70%にも及ぶという。

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「誉国光」などの銘柄が有名な土田酒造の外観

生酛製法とは日本酒を造る過程の「酒母造り」において、人工的に造られた乳酸ではなく、天然の乳酸を使った酒造りのこと。米や米麹をすり潰し、溶かしてドロドロの液体にし、乳酸菌が発生しやすい環境を作り、空気に浮遊している乳酸菌を取り入れ、増やしていく…という原始的な製造法のことだ。土田酒造では乳酸菌は、全て蔵に住み着き、自生しているものによる自然な発酵を行なっているのだ。さらにアルコールは添加しない純米酒だけを製造している。

このような製造法は手間はかかるが、その分、力強く濃厚な飲み口で、コクがあって、それでいて後味は適度な酸味でスッキリとした味わいに仕上がる。日本酒ファンの中には生酛ファンも少なくない。生酛ファンと言えば、「なかなか通だね!」といった感じだ。

そんな土田酒造が2021年11月、地元の酒蔵とタッグを組んで、「GI利根沼田」の認定酒を新発売した。地理的表示のGI利根沼田の酒は、地元の水や風土を生かした酒造りであることはもちろん、原材料となる米の種類を“雪ほたか、五百万石、コシヒカリ”のいずれかとし、またそれらの産地を利根沼田地域に限定。さらに使用する酵母も地元のものだけ認めるという、極めて厳しい基準を満たすものだけに認証が与えられる。

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GI利根沼田7種。左の2種が土田酒造の酒

GI利根沼田は土田酒造の他に、大利根酒造、永井酒造、永井本家から構成される。認定酒7種のうち2種が土田酒造の酒。土田祐士社長は「酒米でなく、地元・群馬の食用米だけを使用しました。2種とも精米歩合は90%で、ほとんど白飯と同じ精米歩合です。お米を極力削らないで、米のおいしさをお酒に表現しました」と話す。

酒米をできるだけ磨いて、余分なものは削ぎ落として作る大吟醸がブームになって久しいが、土田社長の中にあるのは、それとはまた違った別の価値観、世界観。精米90%は非常に珍しく、「日本酒もいろいろあっていい、だからこそ面白いのだ」と気づかされる。もしかしたら土田酒造の酒はSDGs発想にも通じる、米のフードロスを最大に表現したような酒と捉えることもできるかもしれない。

もちろんGI認定酒も無添加。空中に舞う自然界の酵母が、発酵を待つタンクの中に舞い降りて、発酵を促す。土田氏は「以前調べてもらったら、うちには約140種の酵母が住み着いているようですよ」と説明する。まるで「となりのトトロ」に登場するまっくろくろすけのような、純真無垢な(?)微生物たちが、「お酒にな〜れ!」と不思議なパワーを送っているのかもしれない。

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「合鴨の低温ロースト」などと合う「シン・ツチダ (コシヒカリ)」

さっそくGI認定酒の一つ「シン・ツチダ (コシヒカリ)」を味わってみた。グラスに注ぐと、少し黄味を帯びてまるで白ワインのような見た目。だが香りはりんごやバナナのような甘い香りが漂う一方で、チーズやバターのような乳製品の香りも広がり、とても複雑。蜂蜜のような香りもする。ふくよかな甘味、ボディ感のある旨味が広がって豊かな味わい。酸味もしっかりしているので最後まで飲み飽きない。

日本ソムリエ協会 会長 田崎真也氏によると、このお酒にはオレンジのコンフィなどを添えた「合鴨の低温ロースト」がおすすめなのだという。肉料理はなんでも合いそうではあるが、鴨の風味やオレンジの甘味などは確かにすごく合いそうだった。


ソムリエ田崎真也氏によるGI利根沼田の認定酒のコメント動画

国内のみならず海外でも近年、人気が高まっている自然派ワイン、ヴァン・ナチュール。米やぶどうなどの原材料の出来ばえは毎年違うし、それらを発酵させる酵母の働きも毎年違う。今年はいったいどんな味わいに仕上がるのか・・・。

自然界の中でいくつもの奇跡が重なって生まれる今年だけの貴重な味わいは、日本酒だけでなく、ワインの世界でも注目されてきている。そんな心躍る“蔵付き酵母”の日本酒、ぜひこの機会に試してみたいものだ。上記のGI利根沼田の認定酒は2月1日より、単品バラ売りも開始したところだ。



≪筆者プロフィール≫
▪滝口智子

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国際きき酒師&サケエキスパート
飲食ライター歴20年の食いしん坊バンザイ!記者&PRプランナー。
日本酒やワインなどもこよなく愛す。
テレビ番組などにも出演中。