20090714_01ダウンタウンが結成間もない頃、横山やすしの前で漫才を演じ大酷評されたことは有名な話だ。
「お前らのはチンピラの立ち話やないかい!」と激怒するやすしに対し、後年松本は、「チンピラの立ち話で結構。チンピラが立ち話をしていて聞いてみたら面白かった、それの何が悪い」と自身のコラムで反論している。

そんなダウンタウンのラジオデビューは1985年秋の「おっとモモンガ」(ラジオ大阪)。続いて1986年春からは「真夜中のなか」(MBSラジオ)という深夜番組を担当する。

すでに関西ではスター街道を駆け上がる最中だったが、関東以北では全く無名の存在。私も正月番組などで何度か漫才を見た程度の知識しかなかった。
「真夜中のなか」で初めて聞いたラジオ番組は、まさにチンピラの立ち話のようなトーク番組だった。
もう20年以上前なので記憶はおぼろげだが、昼に食べた定食の話や昨日見たAVの内容など他愛のない話をただひたすら続ける。雑音の中、ポソッポソッと呟く松本と低いテンションで相槌を打つ浜田の会話を気づいたら必至で耳を傾ける自分がいた。
「雑音の中で関西人が二人ボソボソとしょうもないことを喋っている。聞いてみたら面白かった。」
今年で20年目を迎える長寿テレビ番組「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!」のフリートークの原点ともいえるのが、この「真夜中のなか」だと思う。

ダウンタウンの東京進出後、最初の代表作「夢で逢えたら」のスタートは1988年。「笑っていいとも」への出演は1989年なのだが、東京でのラジオデビューは実はそれより早く1987年。「ロッテヤンスタNO.1」というアイドル番組のMCを担当した。
前述の通り、まだダウンタウンは東京ではメインではない。しかも番組の主役はMCではなくアイドル。アイドル目当ての親衛隊や追っかけが客席を陣取るステージでダウンタウンのトークは信じられないほどすべる。

例えばアイドルに対して「ワレ何ぬかしとるんや!」と浜田が突っ込む。関西弁に慣れていないアイドルはマジでびびる。そしてそれを見た客席のファンが怒る。
特にひどかったのが、当時おニャン子クラブで大ブレイク中だった渡辺美奈代の回。下ネタやブラックジョークをかますダウンタウンに美奈代ファンは大激怒。番組中にもかかわらず、観客の野次がステージへ飛びまくる。そんな時でも松本は「お前ら将来芸人になってMCやってたら、俺客席でお前らに文句言ってやるからな」とお決まりのボケ。しかし観客は笑うことなく「芸人なんかならないよ」との返し。「そりゃそうやろなぁ」と浜田。ダウンタウンを知っているものとしては、それはそれで面白い番組ではあった。

その7年後にスタートし今も続く「HEY!HEY!HEY!MUSIC CHAMP」は、ダウンタウンがアイドルやミュージシャンに容赦なくボケ、ツッコミ、いじり倒す。それに対して怒るゲストはほとんどいなく、それどころか浜ちゃんにツッコミを入れられると喜ぶミュージシャンもいるほど。
売れてから芸風が変わるタレントは多いが、この2つのラジオ番組と今を比べる限りダウンタウンは何も変わっていない。
ちなみに1991年10月「MBSヤングタウン」(MBSラジオ)を最後にダウンタウンのラジオ番組はない。
やすしの話同様これもあちこちで書かれている有名な話だが、ダウンタウンは落ち目になった時、「最後は花月で漫才する」と語っている。
今なお数本のレギュラーを持っているダウンタウンのその時はずっとずっと先のことだろうが、ラジオについてはどう思っているのか?
ダウンタウンの2人が一番力を発揮できるところが舞台だとすれば、一番自然体の姿を魅せるのはラジオだと思うのだが。

(written by みぞてたかし)